2026.06.01トラブルから学ぶこと【園長のひとり言】
こども園には、いくつかのリスクが潜んでいて、子どもたちはそれらを克服しながら成長していく。これは先月お話した通りです。
その中のひとつに、子ども同士がぶつかり合うリスクがあります。例えば、喧嘩とか。
こども園には大きな集団があります。集団の詳しい意義はまた別の回でお話するとして、子どもが自分を知っていく(自我が育つ)ためには、他者(友だちなど)と多様な機会に触れることが大切です。
仲間や友だちという概念は、自我が芽生える2歳くらいから育ち始めます。それまでの一人遊び中心から、言葉を獲得するなかで、複数で遊ぶ(平行遊び)姿が見られるようになるのが、この頃。
この平行遊びが盛んになることで、これまでより子ども同士の距離がぐっと近づきます。
そう。ここでトラブルが起きてしまいます。例えば、おもちゃの取り合い。
ただ、ここでは注意が必要です。取り合いが起きたからと言って、言葉を獲得したからと言って、「順番に」とか「仲良く」、「一緒に」遊ぶことを教えようとすると失敗します。
なぜか。
自我が未成熟だということは、自分と他者の区別が曖昧な状態であるということ。まずここをおさえます。
ということは、私たち大人のように「他者が使っているおもちゃ」と認識するのは難しいってこと。つまり、この時期の子どもは人とモノを分けて認識していないから、純粋に遊びたいおもちゃを手に入れようとしているだけなのです。
悪気なんてない。ただ、欲しかっただけ。
だからこそ大切なのは、同じもの、同じおもちゃが複数ある環境。AくんのもBくんのもCさんのも、ここにあるよ。この配慮がないとトラブルは避けられません。
発達の特性によって起こるトラブルは想定内。それが起きにくい構造を考えた上で保育します。でも、トラブルは起きます。
だって子どもなんだから。
そして、すべての対人トラブルをなくしてしまうことは、学ぶ機会をなくしてしまうに等しいとも言えます。ただし、自分が傷つくことや他者を傷つけることに対しては毅然と向き合わなければなりません。何もそれは怒るとか叱るということではなくて、それらを許容しない姿勢を矛盾なく示し続けることが必要です。
これらのトラブルは大なり小なり、おおよそ4歳くらいまでは続いていきます。学ぶことには時間がかかるものです。しかし4歳を過ぎたくらいになると自我の成熟と共に、友だちという関係に質的な転換が訪れ、一緒に同じ遊びをしているだけでなく、いわゆる仲良い関係が生まれ始めます。
それでも、喧嘩は起きます。自己中心的である特性が完全になくなるわけではないから。なごみのケースで言えば異年齢の子ども同士がぶつかり合うことがあります。
その際には傷つかない・傷つけないは同じだとしても、喧嘩、つまり子どもにとっての失敗から何を学べるかということにフォーカスします。例えば年長児が年下の子どもに優しく接することの大切さを学べる機会がそこにあるかもしれません。一般の家庭だと兄弟がいたとしても、お兄ちゃんはずっとお兄ちゃんのままで、弟の体験はできません。
ただし、ここにはもっと大切な経験が隠れています。
おもちゃの取り合いで、5歳が3歳に譲る優しさは確かに尊いです。が、3歳が5歳のお兄ちゃんやお姉ちゃんから、どうしたら快くおもちゃを借りられるか知恵を身につけるチャンスとも言えます。
この知恵は、将来にわたって求められるスキルかもしれません。残念ながら今の社会では、力の強いものが弱いものを労わる仕組みばかりではなく、自分の思いだけでは物事が進まない場面がたくさんあります。
会社を想像すれば分かります。例えば部長が新人の提案や稟議を簡単には通してくれないものです。だからこそ、どうしたら上司は自分の提案を受け入れてくれるか考える。営業先のお客さんは何でも契約してくれるわけではありません。
大人の社会で必要なスキルのはじまりが、こんなところにあったのです。小さな痛みを知ることでしか、気づけないことはあります。ちょっと厳しい言い方だけど、これは事実です。
トラブルのない保育は存在しないけれど、「けがをしない保育」と「けがから学ぶ保育」。
この二律背反の課題を真正面から受け止め、子どものより良い育ちを考える。これが、私たちの目指す答えです。
あ、またしても余白がなくなってしまいました。まだ4歳以上の話に入っていません。ここにも、別の重要な視点があるから来月にお話します。
