2026.03.03雲に手が届く日【園長のひとり言】
保育経験も年齢も大きく異なる二人組。
だけど、子育てにいつでも前向きなのは同じだった。もしかすると、それは意識してそうしていたのかもしれない。
こども園や保育教諭という仕事を選んでいるのだから、当たり前のように聞こえるかもしれないけれど、実はそれほど簡単なことではありません。
特に、幼児クラスや年長の担当者にとっては、子どもが好きという理由だけでは乗り越えられない日々が、そこにはあります。
想像してみてください。もしご家庭に二十人以上の幼児がいたら、何日間笑顔で過ごせるでしょうか。
ね、簡単ではないでしょう。可愛いけれど、とても正直な存在は、機嫌のいい日ばかりではありません。思い通りにならず怒ったり、泣いたり。喧嘩は、いつだっておこります。
そんな日々の連続を前向きに過ごすのは、経験や資格があっても難しい。おそらく自分一人の力だけで心を整えることはできないでしょう。そこには、支えとなるものが必要なのです。それは例えば、一緒にクラスで保育する仲間や幼児クラス全体の雰囲気はもちろん、これまでこの場所で積み重ねられてきた時間。そして、ずっとそこに残る文化として息づくものが彼女たちを支えています。
言葉にするのは難しいけれど、子どもたちへのまなざしや、成長を喜び合う営みの中を歩くような感覚なのかもしれません。
うまくいかない日。悩み迷った日もあったでしょう。それでも、子どもたちの朝は変わらずやってきます。
「おはよう」
その一言で、元気が蘇る。保育には、そんな不思議な力があるのかもしれません。
先日の音楽会もそう。恥ずかしそうに、でもどこか誇らしげに舞台に立つ子どもたち。いつもとは違う場所。たくさんの保護者の前にして、それでも堂々と胸を張って歌う姿は、これまでの練習を忘れるくらい胸を打つものがあったはずです。私たちの想い、ちゃんと届いたってね。
言葉にはできずとも、この子たちは知っています。分かっているのです。自分たちを、ずっと見続けてくれていた人が誰なのかを。
泣いた日も、笑った日も。うまくいかなかった日も、全部まるごと一緒に過ごしてきたのだから。
そして今、その日々は静かに節目へと向かっています。もうすぐ訪れる感情の交差点。嬉しさと寂しさ。誇らしさと、ほんの少しの不安。
いくつもの想いが重なりながら、子どもたちは次の世界へ歩き出していきます。
その姿を見ながら、彼女たちは何を思うのでしょう。
もっと出来たことがあったのではないか。あのとき、別のやり方があったかもしれない。保育という役目は、いつだってそういうものです。どれだけ心を尽くしても、最後には「もっと」が残る。
だけど答えは、そこにあります。
29人の瞳のなかにあるもの。
きっと、これまで向けられてきた、いくつものまなざしが静かに映っているはずです。