なごみの特色

子どもの視点で生活に心地よさを

大人の生活空間がメインとなる一般のご家庭と違って保育園は子どもの視点を中心にしてつくられたところでなくてはなりません。だからといって、派手な色合いや空飛ぶアンパンとかネズミのアイドルに囲まれているのは、ちょっと違う。それは、幼稚なだけ。感受性豊かな子どもたちの環境だからこそ、文化的で季節感あふれている方がいいって思います。そして、大切にしたい一人ひとりの安心や楽しいという快適さ。丁寧な育みのなかで見つける暮らしの動線やいろいろな遊びは、信頼を紡ぐ第一歩となるはずです。

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みんな一緒、ではない乳児の保育

「みんなで、一緒に」は、たくさんの子どもたちがいる保育園や幼稚園がもっているイメージの一つかもしれない。確かに昔ながらの保育では、乳児でも幼児でも生活から遊びまで一斉に活動します。おそらく、どの年齢においても子どもの数と比べて大人の数が圧倒的に少ないからです。でも、ね。その歴史を否定するわけではないけれど、そのスタイルは今の社会に馴染みません。だって、これだけ働き方が多様化しているのだから。たとえば、就労開始時間が7時からだったり9時からだったりするということ。それにともなった異なる起床や朝食の時間は、当然ひとつのクラスに,いろいろな生活リズムの子どもたちを混在させていきます。ね、無理でしょ。朝食の時間が1時間違う赤ちゃんが同じテーブルでお昼ご飯を食べるなんて。だからこだわっているのです。一緒ではない保育に。家庭と園の時間を連動させることで、それぞれの子どものちょうど良いを見つけていきます。

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異年齢という保育のかたち

幼稚園でも保育園でも幼児のクラスが年齢別で構成されていることに疑問をもつ人は少ないと思います。3歳児クラスとか年長クラスとか。だけど、あまりにも当たり前すぎて、どうしてそうなのかを保育する側から語られることは、ほとんどありません。でも、それって変だと思う。語られないことではなく、専門機関として年齢別を常識にしていることが、です。だって年齢別より異年齢で過ごす方が、子どもの育ちを考えれば断然、積極的な意義を見いだせるから。

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そもそも、異なる年齢で構成されている集団は、子どもに限らなければごく自然な状態です。みなさんの会社が単一年齢で組織されてないようにね。それは、いろいろな年齢や経験が互いに補い支え合うことで、個人も集団もより成熟しやすいからです。その前提に立つと幼児期だって同じはず。それに、この時期の学びは、まね(模倣)をすること。つまり言葉ではなく目で見て、まねをして身につけていくことを最大の特徴としているので、手が届きそうで届かない存在は、必要不可欠なのです。たとえば3歳の子どもが、5歳の子どもの積み木を見ながら、すぐにはできないけれど何度も挑戦することで到達するように、ね。

遊びのススメ

早期教育が流行っています。右脳○○とか英語とか音楽とかね。でも、それらの多くは子どもを対象にした商業的なもので結果成果は、ほぼほぼ期待できません。だって、もしそれが学童期の成績や語学力、才能に繋がるのだとしたら、多くの日本人がもっと英語を話せるようになったり、音楽の才能を開花させたりしているはずだから。学校教育法で幼児の学校教育施設だと位置付けられているところが、ずっと前からそういったプログラムを積極的に取り入れているにもかかわらず、大人になって周りを見渡しても、英語をペラペラ話しているのはごく限られた人か外国の方くらいしかいないのは、そういうことです。では、この時期の教育とは・・・ズバリ遊びです。遊びというと何だか子どもが好きなことだけをしているように聞こえますが、その通りです。好きなこと。つまり自分の意志で目や手をはじめとして身体の様々なところや、心を使って周りの環境に働きかける。これが乳幼児期の遊びの本質で、これ以降に勉強とか仕事と対義的に使われるソレとは違います。そして、この主体的行為の豊かさは、もう少し先の時代に大切なエッセンスである想像力や集中力、そして「やってみたい」とか「知りたい」という意欲と密接な関係にあります。だから、学校の予備校的なものはないけれど、子どもたちの毎日の楽しいが、いっぱいの遊びが、ここにあります。

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