園長のひとり言

対象の永続性【園長のひとり言】

園長のひとり言 
2018-05-01

赤ちゃんの人見知りという不思議。個人差はあるけれど、おおよそ6か月から始まるこの心理傾向をこども園で良く目にします。近年、お母さんの育児休業明けで入園するケースが多いので、慣らし保育という工夫はするものの入園当初はどうしても子どもたちは泣けてしまいます。

 

もちろん、お父さんやお母さんから離れて日中を過ごすわけですから最初は仕方がありません。ただ、例えばお母さんの産前産後休暇あけ生後3か月くらいで入園するとご家族と離れることでもそうなりません。

 

その違いは生後6か月くらいから対象(ひと・もの)の永続性(ジャン・ピアジェ・発生的認識論)という発達を獲得するから。

 

これは少し難しいのですが対象物が実体性をもつ永続的な存在として捉え始めることで、視界から消えた対象が存在し続けていると認識できる能力を言います。

 

例えば、テーブルの上に置かれたお人形を誰かが布で隠したとします。私たち大人は布で覆われただけで、お人形はそのままテーブルの上にあるということが分かります。

 

が、低月齢の赤ちゃんは、見えなくなった物が存在し続けていることを理解できないため、人形がなくなったと認識します。でも生後8か月くらいになってくると、かぶせられた布をずらしてお人形を探したり、欲しがって泣いたりするようになります。これは、未成熟な状態ではありますが見えていなくても物が変わらずそこにあり続けることを理解していることを意味しています。

 

そして、対象が「ひと」であれば「ひとの永続性」を理解したということであり、見えなくなったお母さんやお父さんを探すようになります。そして、これらの発達が人見知りの背景にあったのです。

 

また「対象の永続性」の理解は、乳児のなかに「表象世界(機能)」が育ってきていることを示しています。表象とは、こころの中のイメージや記憶のようなもので、これが目の前にない物や出来事、行為などをある程度意図的に構成、操作、変換することを可能にしてくれます。

 

私たち大人もこの機能を使って様々なことを記憶したり思い出したりして、またそれを参考にしながら行動しているのです。

 

さらに、この表象機能は次に獲得する「象徴機能」の基礎(原始的な発達)となっています。これは具体的に見たものや経験したものを、しばらく時間をおいて場所を変え自分なりのやり方で模倣し表現することで、みたて・つもり遊びやごっこ遊びはこの発達を下敷きにしています。

 

で、さらにさらに、この頭の中にイメージをつくりあげる遊びは論理性のある構造構成を必要とする為、数概念の習得や言語、文字の発達に大きく関わっているというわけです。ね、不思議でしょ。

 

人として社会で生きる大切な能力が赤ちゃんの頃からずっと繋がっているのです。そしてこれらの連続性を少しだけ意識して子どもたちと向き合ったとしたら、私たち保育者の方にも変化があるかもしれません。

うさぎとかめの本質【園長のひとり言】

園長のひとり言 
2018-04-01

新年度がはじまり、いつも感じるのは立ち止まって考えられない歯がゆさ。小学校や幼稚園と違って年度末31日、ギリギリまで保育をして4月1日を迎えるのだから、どうしても走りながら思案するしかありません。

 

もちろん保育園やこども園は就労支援という社会的役割を担っているので、春休みがないことに文句はない。だけれど、かなり意識しないと多くのことが形骸化していってしまいます。つまり、それは保育が自己目的化してしまうということ。

 

それは絶対にあってはなりません。例えばこんな問題があります。皆さんがご存知のイソップ童話のうさぎとかめのお話。

 

 

ある日、ウサギがカメののろさを馬鹿にしていました。「それでどこかへたどり着けるかい?」とウサギは馬鹿にした笑いを浮かべて尋ねました。「そうだよ」カメは答えました。「君が思うより早くそこへ着くさ。君と競走して証明しよう」。

ウサギはカメと競走するというのは片腹痛いと思いましたが、なぐさみに承知しました。そこで、審判になることを承知した狐が距離を示して、ランナーにスタートを告げました。

ウサギはじきに見えなくなりました。そうして、ウサギと競走しようとするなんて馬鹿げている、とカメに心の底から思わせようと、カメが追いつくまでコースのそばで昼寝をしようと横になりました。

カメはその間にゆっくりと、しかし、着実に歩み続けました。そしてしばらくすると、ウサギが眠っている場所を通りすぎました。しかし、ウサギはとてもぐっすり眠っていました。とうとう目が覚めたとき、カメはゴールの近くにいました。ウサギは今や全速力で走りましたが、間に合ってカメに追いつくことができませんでした。

 

皆さんは、なぜウサギはカメに負け、カメはウサギに勝ったのだと思いますか?よくあるのはウサギが慢心していたから負けたとかカメが努力家だったから勝ったとかいう答え。

 

確かに、この話から見える表面的な教訓はそういったものだと思います。が、状況的にはそうであっても、おそらくこの勝負はスタートする前から決していたはずで、それこそがこの問題の本質的な答えなのです。

 

で、なぜウサギはカメに負けカメはウサギに勝ったのか。その答えは・・・「視点」が違っていたから、です。

 

異なる視点。ウサギは・・・カメを見ていました。つまり行動原則の基準がカメ、だったので昼寝をしたのです。一方、カメは・・・ウサギ、ではなくゴールを見ていました。この違いこそが勝負を分けたのです。

ここで本題です。前置きがながくなりましたが、こども園は、保育者は、誰を見て保育をするのか、です。もちろん、私たちの視点は子どもたちとそのご家族に向いてなくてはなりません。そして、その為に何ができるかを考えことこそが、なごみの教育と保育なのです。

二人の想い【園長のひとり言】

園長のひとり言 
2018-03-13

音楽会で目にしたおおよそ6年間の軌跡。その成長を背景にした豊かな合奏と合唱という表現に思わず心が震え一ました。

 

ただ、そこにたどり着くにはいくつもの煩悶があって、けっして簡単なことではありません。もちろん家庭においても、そうだったと思います。

 

乳幼児期の子育てはハッキリ言って難しい。とりわけ幼児になれば感情が複雑に分かれ、好奇心旺盛になった子どもたちの行動は多様となり、その活動範囲をどんどん広げていきます。

 

1人や2人でも手が焼けるのに27人も集まればなおさらです。色々な個性が互いにぶつかりあって、その苦労は指数関数的に膨らんでいきます。それでも、保育者という役割が続けられるのはその環境のなかでしか得られない喜びがあり、何より子どもたちが大好きだから。

 

あの日、タクトを振った二人もそう。大好きな子どもたちから、いくつもの感動をもらったはずです。

 

彼女たちが同じ大学を卒業し、同じこども園に就職したのは3年前のこと。はじめて3歳児を担当してからずっと一緒に道を歩んできました。

 

最初の1年は、必死で先輩の背中をおっかける毎日で、あっという間に過ぎ去っていきました。そして、保育に関する色々なことが身につき、少しずつ任されることが増えるにつけて、その難しさと先輩との差に思い悩むようなります。

 

何度、やっても上手くいかない日々。続けていく自信がなくなり自然と涙がこぼれてくることもありました。それでも頑張ってこられたのはそっと手を差し伸べる先輩がいて、互いに勇気づける仲間がいて、何より二人を待っている子どもたちの姿がいつもそこにあったから。それらすべてが彼女たちの今を支えています。

 

控え目に言っても保育者として高い資質を持っている2人。性格は全然違うけれど、それぞれの感性は間違いなく子どもたちの成長にとって大きなプラスとなります。

 

それでも繰り返しになりますが30人近くの幼児を保育するのは簡単ではない。優しさだけでは保育できない。そこに必要なのは強い情熱です。だからこそ毎日考えた。涙をぽろぽろ流しながら本気で叱りもした。明日のために遅くまで園に残るのは、いつものこと。そしてそっと心のなかで問いかける「私は子どもたちを幸せにできていますか」と。

 

そして昨年の春。5歳児を任せられたられたことで、3年間ずっと一緒だった子どもたちとの関係は輝きを増し始めます。音楽という表現はとても繊細で誰がひとり欠けても上手くいきません。全員の気持ちが、ひとつにならないと美しい音色は奏でられません。その評価は皆さんにして頂くしかありませんが私はこう思います。

 

あの2人でなければあの表現力は引き出せなかった。他に代わりなどいないと、ね。2人と子どもたちの強い絆が調和を創りだしたのです。

 

そして、まもなく終わろうとしているこども園の2人と子どもたちの歩み。数々の思い出が今を輝かせるけれど、自分のこと以上に傾けてきた情熱とそれにともなう煩悶が寂しさを極限まで募らせていきます。

 

それでもなお2人は、感情の交差点に立ち子どもたちの幸せな未来を見つめているはずです。ありがとうの気持ちを、たくさん込めて。

大きな改定【園長のひとり言】

平成30年度より保育所保育指針と幼保連携型認定こども園教育・保育要領並びに幼稚園教育要領が改定(改訂)され、そのなかで幼児教育の重要性がうたわれているというのは以前にお話した通りですが、その具体的な中身について少しお話します。

 

なごみこども園をご利用の皆さまは、しつこく言い続けているので幼児教育が小学校教育を前倒した早期教育ではなく目に見えない力、いわゆる非認知能力(精神的健康・根気強さ・注意深さ・意欲・自信など)を育むことだというのはご承知の通りかと思います。

 

で、それらが指針や要領にも明記されるようになります。以下はすでに告示されている保育所保育指針の原文です。こども園教育・保育要領と幼稚園教育にも同じ内容が記載されています。

 

 

保育所保育指針

第一章総則

4 幼児教育を行う施設として共有すべき事項

(1) 育みたい資質・能力

ア 保育所においては、生涯にわたる生きる力の基礎を培うため、1の(2)に示す保育の目標を踏まえ、次に掲げる資質・能力を一体的に育むよう努めるものとする。

(ア) 豊かな体験を通じて、感じたり、気付いたり、分かったり、できるようになったりする「知識及び技能の基礎

(イ) 気付いたことや、できるようになったことなどを使い、考えたり、試したり、工夫したり、表現したりする「思考力、判断力、表現力等の基礎

(ウ) 心情、意欲、態度が育つ中で、よりよい生活を営もうとする「学びに向かう力、人間性等

イ アに示す資質・能力は、第2章に示すねらい及び内容に基づく保育活動全体によって育むものである。

 

 

この3つの育みたい資質・能力、(ア)で知識及び技能、ではなくその基礎と表記されていること。(イ)でも思考力、判断力、表現力等ではなく、その基礎と記されていること。(ウ)でも学び、ではなくそれに向かう力、人間性等と記載されているのは、いずれも学力調査やテスト等で数値化できるような目に見える資質・能力以上に目に見えない、いわゆる非認知能力の育ちの重要性を示しています。 そして、イの「保育活動全体によって育むという表現は、小学校のように教える(教授)と学ぶ(学習)という関係だけで身につくものではないことを意味しています。

そして、保育所保育指針(教育・保育要領)は、この後の段落で幼児期の終わりまでに育ってほしい10の具体的な姿を示しています。が、余白の関係で、今月はここまでにておきます。

 

とにもかくにも幼児教育が子どもたちの将来に大きな影響を与えることが科学的に証明されている今日において各ご家庭と協力して、それに力を注ぐのはこども園の本性であり責務だと考えていますのでご理解のほど、よろしくお願いします。

 

あ、くどいようですがもう一度だけ。乳幼児期と学童期では教育のあり方には違いがあります。その間にしっかりと繋がりはあるけど、ね。

園庭の果たす役割【園長のひとり言】

園長のひとり言 
2018-02-01

園庭にあるスウェーデンHAGS社製の構築物。それら大小さまざまな遊具には私たちの思いがたくさん詰まっています。

 

乳幼児は身体の変化が著しく特にその動きや運動と密接に関わる神経系は大人を100%だとすると5歳児くらいまでに80%、残りの20%も小学6年生くらいまでに発達すると言われています。下の「スキャモンの発育曲線」というグラフを見るとよく分かりますが、神経系を示す青いラインが生まれて数年で指数関数的にグイっと伸びています。

 

そして一度繋がったさまざまな神経回路(経路)は、なかなか切れないという特徴があって、ここ10年くらい自転車に乗った記憶がないけれど乗れと言われたらスムーズに運転できるのは、そういうこと。逆にその回路が未接続のままだと、いつまでもできないってこともあります。スノーボードで木の葉滑りからなかなか先に進めない人がいるように、ね。

 

だからこそ、乳幼児期に色々と身体を動かし神経を多様に刺激することが大切で本当だったら森のような園庭ができたら最高なのだけれどスペースや予算の問題で難しい。

 

その代役となるのが遊具ってわけです。あ、でも今ある六角形のトンガリ帽子の屋根のついた遊具は高級外車が余裕で買えるくらいの費用が掛かっています。この時期の子どもたちには、それだけの投資をする価値があるから。

 

確かにスマフォのゲームや任天堂は子どもの関心を惹くし、大人がやっても面白い。ただ、保育園やこども園時代には同じ刺激だけを繰り返すこれらの電子機器は向きません。その楽しみは早くとも小学生まで取っておくことをおススメします。

 

くどいようですが80%、です。8割の神経系の発達が幼児期までに完成してしまうのです。ありとあらゆる場所に路線を張り巡らせた東京メトロのようになるのか地方路線のようになってしまうかの分かれ道がココにあるのです。

 

もちろん固定遊具だけでなく砂場や築山、3月くらいに導入予定のガチャポンプも子どもたちが自分の身体を使って様々な環境と対話して欲しくてデザインしています。

 

それから最後に大事なこと。どんな遊具でも安全でなければ意味がありません。ただ子どもたちのチャレンジ精神を育む上で大人が安全に囲い過ぎてしまうことにも問題があります。そのバランスが難しいのだけれど、落下等で大きな怪我に繋がらないようココの遊具下60cmには川砂が敷き詰められています。そして、その砂がいつもフカフカなのは男性スタッフが耕運機で耕しているからです。

 

新年のご挨拶【園長のひとり言】

園長のひとり言 
2018-01-01

明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。

 

さてさて、新たな年を迎えて思うのは保育をより社会化していかなければならないということ。それは、つまり入園の有無に関わらず広く社会と子育ての専門機能を共有していかなければならないということです。と、いうのも平成28年の出生数が94万1千人となり、統計記録が残っている明治32年(1899年)以降、最少を更新してしまったから。

 

ただ、もしかしたら日本の出生数が100万人を割ったと言われても、マクロな視点過ぎて多くの方にはあまりピンとこないかもしれません。それでも、私が生まれた昭和49年の出生数が202万人だったことを考えると、この40年あまりで生まれる子どもの数は半分以下になってしまったことになり事態はかなり深刻。思い起こせば36年前に在学していた瑞穂小学校には40人学級が8クラスありました。

 

だからこそ今、待機児童の問題から保育園やこども園の就労支援機能ばかりに注目されていますが、もっと包括的な子育て支援が必要だと思うのです。

 

そのなかで保育園やこども園などの教育、保育現場が、まずすべきは自らの専門性を高めていくことに他なりません。

 

少子化にともなう生産人口の減少から今後女性はもっともっと社会で活躍するようになります。それは同時に女性の生き方や各家庭のライフスタイルの多様化を意味していて、そうなれば過去の常識は通じなくなっていきます。

 

これまで伝統的に感と経験に大きく依存してきた保育現場。しかし、それではもうダメ。多様に変化する社会へ柔軟に対応していく為にも、また進歩する学術や科学技術から、子どもの育ちに関する最新の知識を取り入れていく為にも、もっと学んでいかなければなりません。

 

そうすれば、自ずと社会は保育を就労支援機能としてだけではなく、子育ての専門機能として価値づけてくれ、保育園やこども園の持つポテンシャルがもっと発揮できるはずなのです。

 

と、いうことで本年のなごみこども園の目標は、学び続ける文化を醸成することにしますので、本年もどうぞよろしくお願い致します。

タダになる幼児教育費?【園長のひとり言】

園長のひとり言 
2017-12-01

3歳~5歳児の保育料がタダに!?先の衆議院選挙で自公が公約として掲げていた幼児教育の無償化が少しずつ具体的な政策となってきました。以下が、新しい経済政策パッケージとして平成29年12月8日に閣議決定された内容です。

 

※幼児教育の無償化部分抜粋

(具体的内容)

子育て世帯を応援し、社会保障を全世代型へ抜本的に変えるため、幼児教育の無償化を一気に加速する。広く国民が利用している3歳から5歳までの全ての子供たちの幼稚園、保育所、認定こども園の費用を無償化する。なお、子ども・子育て支援新制度の対象とならない幼稚園については、公平性の観点から、同制度における利用者負担額を上限として無償化する。

幼稚園、保育所、認定こども園以外の無償化措置の対象範囲等については、専門家の声も反映する検討の場を設け、現場及び関係者の声に丁寧に耳を傾けつつ、保育の必要性及び公平性の観点から、来年夏までに結論を出す。

 

 

で、これらがいつから実施されるのかといえば、2019年(平成31年)4月から一部をスタートさせ、2020年4月から全面的に始まるらしい。あ、ただ2019年10月1日に消費税が10%となることが大前提ね。

 

消費税は上がるけれど、その代わり保育料がタダに・・・家計にとって損か、得か?は分かりませんが、少子化の状況や幼児教育の重要性を鑑みればアリだと思います。増税で経済が大きく落ち込まなければ、だけど。

 

ただ、これらの議論が進むなかで無償化より待機児童解消が先だっていう声が都市部を中心に上がっています。それは、そうですよね。いくら保育料がタダになっても入園できないのでは意味がありませんから。

 

そして、ココに注目して欲しいのですが幼児教育の担い手に幼稚園だけでなく保育所と認定こども園もしっかりと位置付けているところです。もはや幼児教育は幼稚園の専売特許ではないのです。まして早期小学校化することではありません。

 

今、OECDを中心として国際的に重要視されている幼児教育の内容やその質については、日頃よりお伝えしているので今回は割愛しますが、子育て世帯を全世代で支えていくということは同時に乳幼児期に必要な体験や経験、大切なことを全世帯で共有していくことに他なりません。その為にも国としての普遍的な子ども観みたいなのがあっても良いのかな、と思ったりします。

女性が活躍するということ【園長のひとり言】

園長のひとり言 
2017-09-01

3歳児神話という嘘。子どもが3歳になるまでは母親が子育てに専念すべきであり、そうしないと成長に悪影響を及ぼすという考え方がありました。ありました、と過去形にするのは科学的に否定されているから。

 

先日もホンマでっか!?TVで脳科学者の澤口先生が全くの嘘だと言っていました。ついでに英語などの早期教育も意味がないって。

 

もちろん乳幼児期に母と子が豊かな時間を一緒に過ごすこと自体は、子どもの成長に大きなプラスとなりますが、母でないとダメという訳ではありません。だとすれば、保育者や保育園の立場がありません。

 

それらは歴史的にも明らかで、そもそも日本でお母さんが専業主婦として幼い子どもを育てるようになったのは1950年代以降のサラリーマンという働き方が一般化してからの話。

 

それ以前の日本の主な産業は第一次産業とか第二次産業、つまり農業や漁業であり、そのなかでも農業を営む家庭が圧倒的多数をしめていたので基本的にはどの家庭も共働きでした。

 

それはそうですよね。今のようにオートメーション化されていない農業において労働力は人そのものであり、妻が家事と育児に専念していたら収穫などできません。だから、どこの家でもお母さんは畑や田んぼで精を出していたのです。

 

では誰が代わりに育児していたのかと言えば・・・労働力にはなりえないけれど人生や子育て経験が豊かな人です。そう。おばあさん。もっと言えば地域社会全体で子育てをしていたのです。戦前の日本で既婚女性が家事と育児に専念できたのは、ごく限られた富裕層だけだったのです。

 

ね、3歳児神話などありえないのでしょ。そういう環境で育った子どもたちが高度成長期を支え、今の日本を創ったわけですから。

 

そして奇しくも今、少子化によって家族の構造というか家庭のライフスタイルが高度成長期以前のものになろうとしています。

 

少子化は子ども数の減少だけではなく大人になる人、つまり働く人の減少を意味しています。ただし、このまま労働人口を減していくと現在の経済規模や社会構造を維持できなくなるので黙っていられません。当然、潜在的な労働力に期待をするようになります。それが女性であり専業主婦という訳です。

 

少子化と待機児童の因果関係もココにあります。この傾向は、今後もっともっと顕著になります。が、80年前と異なるのは育児をしてくれた人生経験豊かな世代までも労働力として充てにしてしまっているということ。

 

もはや女性の活躍なしではこの国を維持することはできないのです。もちろん幼い我が子をお母さんが家庭で大切に育てるのは尊い行為です。

 

だからこそ必要なのは在宅で育児をしようと保育機能を利用しようと、どちらを選んでも子どもが幸せに育つ環境を作ることです。待機児童なんてもってのほか。保育園やこども園がすべての女性の生き方、その多様性を保障する社会的資源とならなければならないのです。

ご挨拶

園長のひとり言 
2017-08-08

平成29年6月22日より和光会の理事長を拝命することとなりました。これまでの和光会の伝統に創意を重ね懸命に務めて参りますので今後ともご理解を賜りますようお願い申し上げます。

 

さて、少子高齢化や社会構造の変化のなかで救貧という役割が色濃かった福祉の姿は、もはや過去のものとなっています。もちろん、その役割が完全になくなった訳ではありませんがそれ以上に求められているのは多様な世代と、どう「生きる」を共有していくかということ。

 

それは楽しさや嬉しさという心地良いところだけではなく苦しい部分も含めて、まるごと一緒になって、それぞれの豊かさを、それぞれの幸せのかたちを探していくことに他なりません。

 

そして、その為にはまず子どもたちやご家族、利用者さんの視点で教育や福祉のあり方考えること。さらには、その具体的な内容が社会のなかで、しっかりと見える化されていることが不可欠となります。

 

規制が緩和され企業をはじめとして様々な事業主体が参入するようになり福祉分野にも少なからず市場原理が働くようになりました。今後、その傾向は一層強くなっていくことでしょう。

 

しかしながら、他の事業体と決定的に異なるのは私たちが営利を目的としていないということ、言い換えれば公共性の高さです。ここにこそ社会福祉法人として、和光会としての矜持があります。

 

他と競争するのではなく自らの機能や専門性を磨き、地域社会から求められる福祉を目指し役職員一同努力することをお誓い申し上げて新任の挨拶とさせて頂きます。

 

社会福祉法人 和光会 理事長 志賀口 大輔

CIRCUS【園長のひとり言】

園長のひとり言 
2017-07-01

最近、なごみCIRCUS(子育て支援ひろば事業)を利用される方が、さらに増えています。嬉しい限りではありますが、それと共に反省もしなければなりません。

 

と、その前に子育て支援ひろばについて。この事業は浜松市から委託されているもので、0歳から2歳児までを対象とし親子で遊びに来られるところ。月曜日から土曜日、9時半から16時までやっています。これらの開設日や時間は、週3日以上、一日5時間以上という条件下で、それぞれのひろばが任意で定めているのです。

 

少し裏話をすると、先ほども言いましたが子育て支援ひろばは市町村委託事業なので浜松市からの委託費で運営しています。だから利用料が掛からない訳なのですが、利用人数や利用率に関わらず開設日と時間によって、それは固定されているので、極端に言えば月100人の方が利用しても2,000人の方が利用しても同じ額しか支弁されません。だから、事業者側からすると利用率が高まれば高まるほど運営が厳しくなってしまいます。利用される方が増えるほど管理費とか人件費が掛かるから。

 

でもなごみCIRCUSは手を抜きません。むしろ、より多くのご家庭から愛されるひろばにしたいと思っています。それは過去の反省から、学んだことでもあります。

 

なごみこども園は10年前の開園以来、ひろば事業をおこなってきました。当時は、なごみ保育園でしたが、その頃は園内でひろばを実施していて、平均すると年間登録者が300名くらいで、年間延べ利用者数が5,000人くらいでした。この数字はけっして少ないわけではなく、市内の他と比較しても平均的です。

 

その頃と今で、やっている内容や中身は変わりません。違いは2年前から園内ではなく隣のカフェやおもちゃ屋さん、小規模保育事業が一体となった赤い屋根のCIRCUSという複合施設の一角でおこなっていること。そして年間登録者が2000人を超え、延べ利用者が20,000を超えているということです。

 

ここに大きな反省点があります。なぜなら園として開設以来ずっと、誰もが気軽に来られるように、地域に開かれたひろばとなるようにしてきたつもりでした。が、結果として私たちの気軽、と利用される方の気軽、は大きく異なっていたからです。

 

地理的条件、機能、実施内容がずっと同じなのにカフェやおもちゃ屋さんという一般性の高い機能を併設したことによって登録者や利用者が7倍、5倍になったということは保育園やこども園という場所が地域の皆さんにとって、いかに敷居が高かったのかを物語っています。

 

もし今、出生率や近隣の人口が爆発的に増えているのなら、まだ分かります。でも、現状はその逆で少子化により子どもがどんどん減っているのです。そのなかで利用率が数倍になったということは、もともとココに子育てひろばという機能に対するニーズが、それだけ存在していたことを意味しています。ニーズはあったけれど、何らかの要因があり利用できなかった方がたくさんいたのです。

 

だからこそ思います。園側の視点ではなく利用される方や地域の皆さんの視点で真に開かれたこども園にならなくては、と。多様な子育て家庭にとってココが特別な場所ではなく何気ない日常の一部となれるように、と。その為には、もっともっと垣根を低くしていく創意工夫が必要です。

 

と、言うことで夏の暑さに負けないようにNcafeでエスニックなガパオライスはじめたことを一応宣伝しておきますね。

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